理由は、何点かあります。
まず、このモールトンの変速はSRAM の電動変速”eTAP”で、ハンドル先端に取付けているBlipsという変速ボタンから電波を受信するBlipboxというパーツまでの配線ケーブルをバーテープの下(中)に収めなければいけません。
極太スポンジをハンドルに通すだけでもキツめなので、配線も一緒に通すとなると限りなく難しく、仮に配線を通せたとしても変速ボタンをどのようにスポンジグリップ周辺に綺麗に収めることが出来るかという問題も出てきます。
昨年の11月ぐらいに、SRAMから12速eTAP用の”Wireless Blips”というパーツが新製品として発売されました。Blips(変速ボタン)からBlipbox(受信機)までを繋げる”配線ケーブルを必要としない“新しいパーツです。
これを使えばハンドルに沿って配線ケーブルを固定する必要が無くなるので、極太スポンジを取り付けることができます。これで第一喚問はクリア。
次にWireless Blipsという変速ボタンをどのような位置でどのように固定するかの問題です。
モールトン純正のモスキートバー用シフト台座は、変速しながらでもブレーキレバーの操作がし易いので、同じような位置に付けたいところです。
こういったご依頼をいただいて、取り掛かる前の構想の段階でつまずいている時は、対象のモデルに近い、今回の場合はモスキートバーのモールトンになりますが、その車両でしばらく通勤したりします。実際に直面している課題を意識して乗りつづけると今までと違った新しい案を思いついたりします。
こんな風にして毎日モールトンと向き合って乗って使っていくと、シフトレバー台座ひとつとってみても、よく考えられたパーツだなと心底思います。絶妙な角度なんですよ。
今回の事例はワイヤレスシフトなのでこのシフトレバー台座は使用していませんが、モスキートバー専用のシフト台座というだけあって、本当に良い塩梅の角度・位置でデザインされているんです。専用だから使いやすいのは当たり前だとは全くもって思いません。モールトン博士はモールトン城の敷地内を毎日モールトン・バイシクルで走るのが日課だと言われていました。やはり使って・乗って・走ってなんぼだと思いますし、モールトン博士がそうやってモールトン・バイシクルの楽しさを広げてくれたことに感謝しかありません。何気なく使っていたシフト台座ですが、また改めてその良さ、そしてモールトン博士の凄さに気づくことができました。
さらに話が逸れてしまいますが、モールトン博士からは、”このモデルはこうやって使って楽しんで欲しい”という意図が感じ取れます。
「Moulton Bicycle is everything」と表現されているので、その通りに使わなくても自由に楽しむのが一番だとモールトン博士は言っておられますが、中にはコンセプトがしっかりと見えるモデルもあります。
モスキートバーはモデルではなくパーツですが、これも飛行機のハンドルから着想を得て作られていて、そのモスキートバーを取り付けた際にシフトレバーを取り付ける場所がないからシフト台座もデザインして純正オプションパーツにラインナップする。イメージするものに対してパーツが存在しなければ作る。これがモールトン・バイシクルの魅力であり、楽しさが長く続く、どんどん広がっていく要因なのだと思います。
こんなモデルもありました。1997~2000年までぐらいのNew Series の完成車に取り付けられていたブレーキレバーなんて、レバー先端を捻って簡単に取り外せる仕様になっていて、MGFというイギリスのオープンカーのトランクに収納出来るように考えられていました。このモデルはモールトン全車種で1番コンパクトに出来るモデルでした。
またモールトン・バイシクルは、1960年代にモールトンFフレームが発売されました。モールトン博士は、豊かになりつつある時代に向けて、レジャーとしての遊びの提案として、自動車に積めることを意識してフレームが分割できるように設計し、乗り物として必要不可欠なサスペンションも備えた自転車を作りました。
この時代から、移動手段やスポーツとしてだけでなく、モールトン・バイシクルという乗り物をレジャーにまで発展させて楽しめるように考えられていたのだなと思うと、語彙力がなくて平凡な表現しかできませんが、凄い、本当に凄いよモールトン博士!ってなります。
やはり机上の空論だけでは難しく、ドロップバーやモスキートバー、フラットバーなど、さまざまな仕様のモールトンに毎日乗っていたからこそできる発想なのでしょうね。
ここからは、実際に作業した内容をご紹介していきます。
こんな感じで、e-TAPシフターの移設と極太スポンジへの交換が完了しました。
作業よりも構想を練る時間のほうが多い事例でしたが、通勤だけでなく、夕食後、入浴中や就寝前など、ひとつの案が浮かんだらイメージを発展させていって、つまづいたら別の角度から考え直してを最善策が出るまで延々と続けていきます。
こうやって向き合い続けると、突然ポッとヒントが出てきます。それがこの完成画像です。向き合い続けるのは楽なことでは無いですが、これからもオーナーにとって楽しいモールトンになればいいなという情熱だけでやってます。