2022-09-20

AM-2 (1984年製) オーバーホール

お客さまからAM-2で良品があれば購入したいとのご依頼を受けて、
Moku2+4が考える「程度の良いフルオリジナルのAM-2」を探すのに、
かなり長い間、お待ちいただきました。

ようやく見つかった1984年製 AM-2 フルオリジナル。
ケーブルがフロントブレーキのみのという至極シンプルな佇まい。
そのシンプルさから、車内に入れるためフレームを分割する作業はとても簡単です。
フレームとパーツ全てを分解し、
オーバーホールして販売させていただきました。

リアハブは、AM-2純正のドイツ製"Torpedo" Duomatic。
ペダルをぐーっと後ろに回してリアブレーキ、
ペダルを軽く"コツン"と後ろに回して2段変速です。

ステム、ハンドル、ブレーキレバー、グリップも当時のままのオリジナルです。
ステム前方に付いているステーは、反射板等を固定する手作り品。
これも当時のオリジナル。

クランクセット、ペダルも当時のオリジナル品です。
ペダルは栄輪業。
日本製というところがなんか嬉しいです。
1980年代はシマノ以外にも日本にもいろんなブランドがあった時代です。

サドルもシートポストも当時のまま。

黒色のリアラージキャリア。
当時の純正オプションは同色の展開はなく、ブラック塗装のみでした。


                <オーバーホール作業>

全て分解します。

やはりシートチューブ内は錆びていましたが、磨いて綺麗になりました。

パッと見た感じでは綺麗に見えるピボットブッシュですが、
おそらく一度も交換されていない雰囲気だったので、取り外すことにしましたが、
叩き出そうとしてもぴくりとも動きません。
熱した上で叩いても、びくとも動きません。
こうなると次の手段です。
銅色のピボットブッシュ内側に切り込みを入れて、僅かに内径を縮めます
(縮むといっても、0.01〜0.03mmぐらいでしょうか)

フレームに打ち込んであるブッシュに切り込みを入れるのですが、
これが思っている以上に神経を使います。
なぜなら、切り込みを入れすぎてしまうとフレーム側まで到達してしまうからです。

この作業については、銅色のブッシュを取り外さなくても補修は出来ます。
スピンドルを交換すればいいのです。
ですが、今回の車両は1984年製。
室内保管であっても湿気などでじわりじわりと錆が発生し固着していきます。
このAM-2は良品で程度も良いですが、
それでもフレームの表側からポツポツと浮き錆がありました。
さらにこのブッシュは過去に一度も交換はされていないと予想。
ご依頼主からは、普段使いで楽しみたいと伺っていたので尚更です。
これからも何十年と楽しんでいただきたかったのでこの方法をとりました。

結果は予想通り、ばっちり錆で固着していました。
やはり表から見た状態が綺麗だからと言って、無視してはいけないですね。

ピボットブッシュ(スピンドル)が錆びて固着していると
リアサスペンションが動いていない状態になります。

錆びて固着すると、ラバーコーンも正常な動きができません。
サスペンションによる路面の衝撃が吸収できずにフレームに負荷が掛かり、
最悪チェーンステイが折れてしまいます。
放っておくと大変なことになるので、ここの点検は大事です。

そもそもモールトンは、
サスペンションがしっかり機能することを前提にフレームが設計されているので、
そこが機能しなくなると最悪の場合、折れてしまうという...。
サスペンションが機能していないこの状態では
モールトンのしっとりとしなやかな走りも充分体感できないので
もったいないというか、残念ではありますが、
ラバーコーンだけでなく、このピボット部分もモールトンのサスペンションの一部だと
考えていただければよりモールトンの知識が深まると思います。

当然ピボットスピンドルも腐食しています。
一度軽く錆を拭き取っていますが、拭く前は茶色で錆び錆びでした。

フレーム側は軽く研磨して、錆を落としますが、
研磨しすぎるのは良くないので、
ここの作業はいつも目の細かい番手のヤスリで様子を見ながら少しずつ研磨していきます。

フレーム側が磨けたら、錆止めを塗っておきます。
錆は基本、虫歯と似ています。
錆は取り除いても、何もしなければまた錆びてきますので、
錆び止めを塗って、錆を防止しておきます。

新しいピボットブッシュkit。
モールトンの17インチモデルは、1983年から現行のモデルまで、
ピボットの構造が同じなので、修理することができるので本当に助かります。

新しいピボットブッシュをMoku2+4オリジナルの圧入工具で圧入します。
その後、内径がほんの僅かに縮むのでブッシュにリーマーをかけます。

ここで余談ですが、
モールトンの全ての新車(AM、TSRともに)でも頻繁に見られることですが、
この工程で無理やりブッシュが圧入されていたり、ガタが出たままだったり、
そのまま納品されることも多々あるので、とてもやっかいです。
その度に「またか...」とがっくり肩を落としています。

何故そんなことが起こるのかというと、今までに何度もお伝えしていますが、
モールトン社から出荷される車両は全て(フレームキット含め)、
組まれているだけで調整はされていないからです。

英国と日本の細部に対する価値観の違いと言いますか、
この辺は難しいところで長年の悩みの種でして、
改善してもらうとかいう話でもない感じですね。

でもこのような圧入作業をはじめ、
細かくてデリケートな工程は結構な手間も時間も掛かります。
なので随分前から考え方を変えて、
私たちがモールトンの最終工程を担うという気持ちで作業するようにしています。

リアフォーク回りのオーバーホールが完了したら、
次はフレームアライメントを点検します。

フロントフォークのエンドブッシュも錆び錆びです。
ここも交換します。
通常規格の部品なため、新しいものに交換できるので助かります。

フォークエンドの内側を軽く研磨して、錆びを取り除きます。
磨きすぎると、ブッシュを圧入する際に緩くなるので様子を見ながら進めます。
なんでも徹底的に綺麗にするのが良いとは限りません。塩梅です。
何度も何度も同じ作業を繰り返さないとこの"塩梅"は掴めませんね。

新しいブッシュを圧入しました。

フロントフォークのアライメント点検です。

フォークエンドの平行点検。

内装ハブを分解します。
画像はコースターブレーキで2段変速の内装ハブ。
かなりグリスが汚れていてギトギトです。

グリスの色も錆びの茶色になってしまっています。

全パーツを分解しながら、こびり付いた汚れを洗い油でひたすら洗っていきます。

すべて洗いました。
パーツクリーナーと洗い油を使い分けてあらうことも多いです。
このとき勢いのあるクリーナーで部品を失ってしまわないように
集中して丁寧に吹きかけます。

画像は内装のハブシャフトです。
ハブシャフトのベアリング押し部分にボールベアリングの摩耗によって出来た段差が
幾つかあったので、軽く研磨して滑らかにしておきます。

そのまま放置しておくと摩耗がより進行して段差が大きくなるので
このタイミングで対処しておきたいところです。
が、この作業は、
磨きすぎるとボールベアリングを受ける角度が微妙に変わってしまう
という性質があるため、その見極めが肝心になってきます。
これについては店を始めた当初、シマノの開発部門へ問い合せた際に
このような説明を受けたので、特に慎重に作業しています。

そういうことから、注意しないとベアリングの玉当たりに影響が出てしまうため、
ボールベアリングの当たりを確認しながら、
細かい番手のヤスリで少しずつバリ(段差)を整えていきます。

左)研磨前。
所々黒くなってる部分がボールベアリングで削れてしまっている箇所です。
右)研磨後。

ボトムブラケットも磨耗による傷があったので、研磨します。

栄輪業の日本製のペダル。
これも分解してオーバーホールします。

ベアリング部にグリスがほぼ無くなっていて、スカスカでした。

ボールベアリングをひとつひとつ、ペダル内に置いていきます。
最後に、スムーズなところを探して調整します。

作業をしていて思ったことが、
この年代のコンポーネントは、現代のコンポーネントを組み付けるより、
調整に対する感覚や塩梅といった手仕事の技術が必要だったんだろうなぁと感じました。
現代のサイクルパーツの多くは、簡単で効率が良い、
そんなものが好まれる時代というか、流れだと思うので、
ベアリングの調整も要らなくなってきています。
誰が組み立てても標準値が出るような設計ですね。
自転車に限らず、他の業種でも同じような傾向にあると思いますが、
普段から自転車にせよパーツにせよ、調整する上で気を遣っているところは、
標準値より少し上の値で調整するという事です。


こんな感じで特に気になった部分だけをご紹介しました。
完成後には関東方面からご来店いただき、実車を確認されて
後日、発送して完了しました。
長い間、お待ちいただきありがとうございました。

当時のままをきちんと残して
キリッと生まれ変わったモールトンに仕上げることが出来ました。
これから普段使いでも何でもガシガシ楽しんで頂いて、
このAM-2がライフスタイルにすっと溶け込んで頂けたら嬉しいなぁと思います。